20世紀を代表する建築家として知られる ル・コルビュジエ。建築に興味のある方であれば、一度はその名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか。近代建築の父とも呼ばれる彼は、建築家であると同時に都市計画家、デザイナー、画家としても活躍し、現在 私たちが目にする建築や都市の創り方に大きな影響を与えました。
1887年、スイスのラ・ショー=ド=フォンに生まれた彼は、もともと時計の装飾デザインを学んでいましたが、若い頃からヨーロッパ各地を旅しながら建築を研究し、その才能を開花させていきます。その後フランスに移り住み、数々の革新的な建築作品を発表することとなります。
彼が提唱した「住宅は住むための機械である」という考え方は、当時の建築界に大きな衝撃を与えました。
また、ピロティや屋上庭園、自由な平面計画などから成る「近代建築の五原則」は、現在でも建築を学ぶうえで欠かせない基本理念となっています。
代表作には、フランスの サヴォア邸 や ロンシャンの礼拝堂 などがあり、いずれも世界中の建築ファンを魅了し続けています。
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独立したばかりのインドとの出会い
ル・コルビュジエの人生において、とりわけ大きな仕事となったのがインドでの活動です。
1947年、インドはイギリスから独立を果たしました。同時にインドとパキスタンの分離独立が行われ、それまでパンジャーブ州の州都だったラホールはパキスタン領となり、インド側には新しい州都が必要となりました。
この国家的なプロジェクトを主導したのが、インド初代首相の ジャワハルラール・ネルー です。
ネルーは、新しい州都を単なる行政都市ではなく、「新しいインドの未来を象徴する都市」にしたいと考えました。
そこで白羽の矢が立ったのが、世界的な建築家であったル・コルビュジエでした。
なぜインドで仕事を引き受けたのか
実際には、ル・コルビュジエがインドを選んだというよりも、インド政府から招かれたというのが正確です。しかし彼がこの依頼を喜んで引き受けた背景には、大きな理由がありました。
彼は以前から、理想の都市計画を実際の都市として実現したいという強い思いを抱いていました。ヨーロッパで数多くの都市計画案を発表していたものの、その多くは構想の段階で終わってしまっていたのです。
ところがインドでは、新しい都市をゼロから設計するという前例のない機会が用意されていました。建築家にとって、これほど魅力的なプロジェクトはそう多くありません。
また、独立直後のインドには「新しい国をつくる」という希望と活気が満ちていました。そのエネルギーに強く惹かれたことも、大きな理由の一つだったであろうといわれています。
さらに、暑い気候や強い日差しを持つインドは、ヨーロッパとは異なる建築環境でした。ル・コルビュジエにとっては、新しい建築表現を試す絶好の舞台でもあったのです。

理想の都市「チャンディーガル」の誕生
こうして誕生したのが、現在もインドを代表する計画都市として知られる チャンディーガル です。
チャンディーガルは、インド初の本格的な計画都市といわれています。
ル・コルビュジエは都市全体を一つの人体に見立て、行政地区を「頭」、商業地区を「心臓」、緑地を「肺」として配置しました。
規則的に整えられた街区や広い道路、豊かな緑地空間は、当時としては非常に先進的な考え方でした。現在でも街を訪れると、その整然とした美しさに驚かされると思います。
なかでも見どころとなるのが行政地区「キャピトル・コンプレックス」。ここには、議会議事堂、高等裁判所、事務局庁舎 などが建ち並びます。
巨大な庇(ひさし)や深い陰影を生み出すコンクリートのデザインは、インドの強い日差しを和らげる工夫として考えられました。無機質になりがちなコンクリート建築でありながら、光と影が織りなす表情にはどこか彫刻的な美しさも感じられます。
現代インド建築に残した大きな足跡
ル・コルビュジエの影響は、チャンディーガルだけにとどまりません。
彼のもとで学んだ若い建築家たちは、その後のインド建築界を支える存在となりました。なかでも バルクリシュナ・ドーシ は、インドの風土や暮らしに寄り添った建築を数多く手掛け、2018年には建築界最高の栄誉ともいわれるプリツカー賞を受賞しています。
つまり、ル・コルビュジエがインドにもたらしたものは、単なる建物や都市計画だけではなく、新しい時代の建築を考えるための「思想」そのものだったといえるでしょう。
ル・コルビュジエの建築は、一見すると無機質で力強い印象を受けるかもしれません。しかしその根底には、「人々がより良く暮らせる環境をつくりたい」という強い願いがありました。
独立したばかりのインドで彼が手掛けたチャンディーガルは、その理想が最も大きなスケールで実現したプロジェクトといえるでしょう。新しい国の未来を形にしたこの都市として、今もなお世界中の建築家やトラベラーを惹きつけています。
もしインドを訪れる機会があれば、ぜひチャンディーガルの街並みに触れてみてください。そこには、一人の建築家が描いた未来への夢と、新しい時代への希望やパワーを感じることが出来ると思います。
コルビジェを体感できるインド2都市
まず見逃せないのが、アーメダバード。コルビュジエ作品がコンパクトな範囲に集まっており、住宅・博物館・オフィスなど多様な作品を満つことができます。
また、ルイス・カーン 設計の インド経営大学院アーメダバード校(IIM-A)もあるバルクリシュナ・ドーシ作品も見学できます。
一方、都市計画そのものを体感したいならチャンディーガル が圧倒的です。街全体がコルビュジエの思想によって設計されているため、「建物を見る」のではなく「都市を歩く」楽しみがあります。
建築ファンの間では、「アーメダバードで建築を学び、チャンディーガルで都市を体感する」のが理想的なコルビュジエ巡礼コースと言われているようです。コルビジェの建築物は見学に許可が必要な場所が多いので、旅行会社を通じ事前に許可を得てご出発されることをお勧めいたします。
チャンディーガルで見学できる主な建築
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1. 高等裁判所
1955年完成。大きく張り出したカラフルな屋根が印象的な建物です。強烈な日差しやモンスーンの雨から建物を守るための工夫であり、コルビュジエがインドの気候に向き合った代表作といえます。外観だけでも迫力がありますが、遠くから見ると巨大な彫刻作品のような美しさがあります。

2. 議会議事堂
チャンディーガルを代表する建築。巨大な双曲面シェル屋根やコンクリートの力強い造形が特徴で、近代建築史の傑作として世界的に知られています。
内部見学は事前申請が必要な場合がありますが、建築ファンならぜひ訪れたい場所です。
3. 事務局庁舎
全長約250mにも及ぶ巨大な行政庁舎。
外壁には「ブリーズ・ソレイユ」と呼ばれる日射遮蔽装置が並び、光と影が生み出す独特の表情を楽しめます。
4. オープンハンド・モニュメント
コルビュジエ自身が都市のシンボルとして設計した巨大モニュメント。「与え、受け取る手」を意味し、平和や交流の象徴とされています。風向きによって回転する構造もユニークです。

5. キャピトル・コンプレックス
2016年に ユネスコ世界遺産に登録されました。
高等裁判所、議会議事堂、事務局庁舎などを含むエリア全体が見どころです。

アーメダバードで見学できる主な建築
実はコルビュジエがインドで最も多くの建築作品を残した都市はアーメダバードです。チェンディガールは都市全体のマスタープランをコルビジェが策定し、道路網や住宅地区や緑地の配置、超行エリアや行政エリア等街全体の骨格を設計し、各々の建物の建築は、彼のチームやインド人建築家たちによって設計されました。
一方の アーメダバード は当時、インド有数の繊維産業都市で、経済的に発展し、多くの実業家や企業家が集まってる中、財閥や企業家たちは、独立後の新しいインドにふさわしい先進的な建築を求めていました。そこにチャンディーガル計画でインドを訪れていたコルビュジエの評判を聞き、ぜひ自分たちの建物も設計してほしい、と依頼が殺到したそうです。
1. ミル・オーナーズ協会ビル(ATMA House)
1954年完成。サバルマティ川沿いに建つ代表作。巨大な日除けスクリーンと開放的な吹き抜け空間が特徴で、コルビュジエの気候対応建築を学ぶには最適な建物。多くの建築家に「インドに残るコルビュジエ作品の最高傑作」と評価されています。
2. サンスカル・ケンドラ博物館
高床式(ピロティ)の構造が特徴の市立博物館。日本の建築家にも影響を与えたとされる空間構成を見ることができます。
3. ショーダン邸
個人住宅ながらコルビュジエ建築の魅力が凝縮された名作。コンクリートの重厚感と風通しを考慮した設計が見事に融合しています。現在も私邸のため内部公開は限定的ですが、外観を見るだけでも価値があります。
4. マノラマ・サラバイ邸
アーチ状の屋根と庭園との一体感が特徴的な住宅。ヨーロッパ的モダニズムとインドの気候風土を融合させた作品として高く評価されています。
さらに建築好きなら見逃せない周辺のスポット
アーメダバードを訪れるなら、コルビュジエの弟子であり2018年プリツカー賞受賞者の バルクリシュナ・ドーシ の作品もぜひ見学したいところです。
CEPT大学
インド屈指の建築大学。ドーシの設計によるキャンパスは、建築ファンにとって聖地のような存在です。
サンガート
ドーシ自身の設計事務所兼研究施設。インド現代建築の傑作として世界中から見学者が訪れます。

